自己の解体、、

  ソフィアラディエンスについて

今日二回目の投稿です。

あまりに暑いので、片付けは一休み。

 

ところで、引越ししました。

などと、さらりと書きましたが、

そりゃあもう大変な断捨離でした。

 

心、物、全ての断捨離。

これはまだまだ使えるかもしれない。

これは高価だったから。

好きだったから。

思い出があるから。

役立ったから。

 

などという理由で、使わないものを取っておいたわたし。

 

とうとう、そういうもの達との決別の時。

そして、それは時に痛みを伴うものでもありました。

 

自分にとってとても大切だったものでも、

一旦自分の元を離れる時は、ただのゴミ。

当たり前のことですが、これが結構ズーンとくる。

 

そして、今回わかったのが

捨てることへの罪悪感。

私は結構これが大きかったのです。

 

そういう全ての諸々の感情、思い込み、執着、

それらとの決別は、自分の枠組みを外し、ある種自己の解体作業とも言えます。

 

新たな自分への招待状としての、

自己の解体。

解体しては再誕生させる。

 

そうして、今思うこと。

 

生まれて死ぬことのない永遠の自分というものへの回帰。

 

そうする事でぐんぐん湧いてきた、

今までの人生における、様々な物や人との関係性への感謝の思い。

 

 

大好きな夕焼けに感謝

 

 

 

 

 

 

 

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